子供の意思決定力を育む声かけ:選択肢の評価と判断の理論と実践
はじめに
子供たちが社会の中で自立し、変化に適応していくためには、自ら考え、より良い選択をする意思決定力が不可欠です。日々の小さなことから大きなことまで、私たちは常に何らかの選択を迫られています。この意思決定力は、生まれつき備わっているものではなく、経験と学びを通じて育まれる思考スキルの一つです。教育現場や家庭での日常的な会話は、子供たちがこの力を磨くための重要な機会となります。ここでは、子供たちの意思決定力を育むための声かけ術について、その理論的な背景と共に具体的なアプローチを提示します。
意思決定力とは何か:理論的背景
意思決定とは、複数の選択肢の中から最適なものを選び取る思考プロセスです。これは単に何かを選ぶという行為に留まらず、以下のような複数の認知機能が複合的に働く高度な思考活動を含みます。
- 問題の認識と選択肢の特定: どのような状況で、どのような選択肢があるのかを認識する力。
- 情報収集と分析: 各選択肢に関する情報を集め、その利点や欠点を分析する力。
- 結果の予測: 各選択肢を選んだ場合に起こりうる結果を予測する力。
- 価値観や基準の明確化: 何を重視して選択するのか、自分にとっての価値や基準を定める力。
- 評価と判断: 収集した情報、予測される結果、自身の基準に基づき、各選択肢を評価し、最も適切と判断されるものを選ぶ力。
- 選択の実行と結果の評価: 選択を実行し、その結果を振り返り、次の意思決定に活かす力。
これらのプロセスは、子供の認知発達段階に応じて徐々に洗練されていきます。特に、前頭前野の発達と関連が深い実行機能(計画力、抑制、ワーキングメモリ、認知柔軟性など)は、複雑な意思決定を行う上で重要な役割を果たします。例えば、複数の情報を同時に考慮する(ワーキングメモリ)、短期的な誘惑に負けずに長期的な視点から判断する(抑制)、当初の計画がうまくいかなくても柔軟に考え方を変える(認知柔軟性)といった力は、より質の高い意思決定に貢献します。
子供の意思決定力を育む声かけは、これらの思考プロセス一つ一つを意識的に促すことを目指します。
意思決定力を育む具体的な声かけ例
日々の様々な場面で、子供たちが自ら考え、選択する機会を提供し、その思考をサポートする声かけが有効です。
1. 選択肢と状況を認識させる声かけ
子供が何かを決めかねている時や、何となく行動しようとしている時に、まず「どのような状況で、どんな選択肢があるか」を意識させます。
- 声かけ例:
- 「今、〇〇をしたい気持ちと、△△をした方がいいかなという気持ちがあるんだね。他にどんなことができるかな?」
- 「この後どうしようか迷っているみたいだね。遊ぶ?本を読む?それとも何か別のことをする?」
- 「二つのことから一つを選ぶとき、まずどんなことができるか見てみるといいね。」
2. 各選択肢の結果を予測させる声かけ
それぞれの選択肢を選んだ場合に、どのような結果になるかを予測する思考を促します。これは、原因と結果を結びつける思考力や、将来を見通す力にも繋がります。
- 声かけ例:
- 「もし〇〇を選んだら、そのあとどうなるかな?△△だとどうなると思う?」
- 「先にこれを終わらせると、後でどんな良いことがあるかな?」
- 「急いでやると、どんなことがあるかもしれない?時間をかけて丁寧にやると?」
3. 判断基準を考えさせる声かけ
何を基準に選択するかを明確にすることは、自分にとって何が重要かを理解する上で役立ちます。子供自身の価値観や優先順位に気づかせます。
- 声かけ例:
- 「この二つのうち、何を一番大切にして決めたいかな?楽しい?役に立つ?簡単?」
- 「これをやることで、誰がどんな風に喜ぶか、考えてみるのはどうかな?」
- 「自分で決める時に、何を一番大事にしているかな?」
4. 選択後の結果を振り返る声かけ
選択した結果について振り返ることは、学びの機会となります。成功体験からは自信を、失敗体験からは次に活かす知恵を得られます。
- 声かけ例:
- 「今回の選択、どうだった?選んで良かったことや、難しかったことはあった?」
- 「もし次にも同じような場面があったら、どうするかな?」
- 「選んだ結果から、次に気をつけることは見つかった?」
実践におけるポイント
- 小さな選択から始める: 最初から複雑な意思決定を求めるのではなく、「どちらの色鉛筆を使う?」のような日常の小さな選択から練習を始めます。
- 子供に決めさせる: 大人が答えを教えたり、誘導したりするのではなく、子供自身が考え、選択するプロセスをサポートします。最終的な決定権は子供に委ねることが重要です。
- 失敗を恐れない環境を作る: 選択の結果がうまくいかなかったとしても、それを責めるのではなく、「そこから何を学べるかな?」という視点で建設的に振り返りを促します。失敗は次に繋がる貴重な学びであることを伝えます。
- 発達段階に応じた支援: 子供の年齢や認知発達の段階に合わせて、声かけのレベルや内容を調整します。低学年では具体的な選択肢と短期的な結果予測に重点を置き、高学年ではより抽象的な基準や長期的な結果、他者への影響なども考慮できるよう促します。
- 多様な価値観を認める: 子供が大人とは異なる基準で選択することもあります。その選択を尊重し、「なぜそう決めたの?」と問いかけることで、子供自身の思考プロセスを言語化させ、理解を深めることができます。
まとめ
子供の意思決定力は、今後の人生において直面するであろう様々な課題に対して、主体的に、そしてより良い方法で向き合っていくための基盤となる力です。日々の会話の中で、意図的に子供が選択し、そのプロセスを言語化し、結果を振り返る機会を作ることは、この力を育む上で非常に有効です。理論的な背景に基づいた声かけを意識し、子供たちが自信を持って自らの道を切り拓いていけるよう、継続的なサポートを行っていくことが期待されます。