複数の情報を関連付けて考える力を育む声かけ:理論と実践
複数の情報を関連付ける力の重要性
子供たちが現代社会で複雑な課題に取り組み、変化に適応していくためには、単一の知識や情報に留まらず、複数の情報源から得た知識や経験を関連付けて統合的に理解する力が不可欠です。この「関連付けて考える力」は、新しい学びを既存の知識構造に組み込み、深い理解を促進し、創造的な思考や問題解決能力の基盤となります。学校での学びにおいても、教科横断的な理解や、日常生活と学習内容を結びつける際に重要な役割を果たします。日々の対話の中で、子供が自然と情報を関連付けようとする思考プロセスを促す声かけは、この能力を育む上で効果的なアプローチとなります。
理論的背景:知識のネットワークと関連付け
認知心理学において、人間の知識は孤立した情報の集まりではなく、互いに関連付けられたネットワーク(スキーマ)として組織化されていると考えられています。新しい情報が提示されたとき、既存のスキーマと関連付けられることで、その情報は意味を持ち、長期記憶に定着しやすくなります。また、関連付けられた知識は、異なる文脈で応用する際にもアクセスしやすくなります。
子供の認知発達の過程では、経験を通じて徐々に複雑なスキーマを構築していきます。この過程を意図的に支援することが、考える力を育む上で重要です。声かけを通じて、子供が持っている断片的な情報や経験を意識的に結びつける機会を提供することで、知識のネットワークはより豊かで強固なものとなり、柔軟な思考を可能にします。例えば、算数の文章問題で数量の関係を理解する際に、過去の似たような経験や、別の教科で学んだ図やグラフの知識と関連付けることができれば、問題の本質を捉えやすくなります。
ブルーナーの構成主義的な視点からも、学習者は自ら知識を構築していく存在であり、その構築過程において既存知識と新しい情報の関連付けは中心的な役割を果たします。教師や周囲の大人は、子供が自ら関連付けを発見し、意味づけを行えるように適切な「足場かけ」(スキャフォールディング)を提供することが求められます。声かけは、この足場かけの強力な手段の一つとなります。
複数の情報を関連付けて考える力を育む声かけ例
ここでは、教育現場や家庭で実践できる具体的な声かけの例をいくつかご紹介します。これらの声かけは、子供が持っている複数の情報や経験を意識的に結びつけることを促すことを目的としています。
例1:異なる学習内容を結びつける声かけ
- 声かけ: 「この理科で習った『てこ』の仕組みって、図工の時間に作った『動くおもちゃ』のどこに使われているかな?」
- 意図: 理科の知識(概念)と図工の実践(具体例)を関連付けることを促します。抽象的な知識が具体的な事物とどう結びついているかを考えさせます。
- 子供の反応例と考えうる対応:
- 「えー、どこだろう?」「おもちゃの腕が動くところ?」
- 対応: 「そうだね。どの部分が支点になって、どこに力がかかっているのかな? 理科で使った言葉で説明できるかな?」のように、さらに詳細な関連付けや言葉での表現を促します。図や模型を使って説明を促すのも有効です。
例2:過去の経験と新しい情報を結びつける声かけ
- 声かけ: 「今日、社会で『地域のごみ問題』について話し合ったね。先週みんなで行った地域の清掃活動で、どんなごみが多かったか覚えているかな? それと、今日話したごみ問題には何か関係があるかな?」
- 意図: 過去の具体的な体験と現在の学習内容(社会問題)を関連付け、学習内容を自分ごととして捉えさせ、問題の背景にある現実的な側面を考えさせます。
- 子供の反応例と考えうる対応:
- 「草も多かったけど、ペットボトルとかビニール袋もすごくたくさん落ちてたよ。」「もしかして、ああいうごみが問題なのかな?」
- 対応: 「なるほど。清掃活動で見たごみと、授業で習った『プラスチックごみの削減』や『リサイクル』の話は、どうつながっていると思う?」のように、体験と知識の因果関係や関連性を深掘りします。
例3:異なる視点や情報を比較し関連付ける声かけ
- 声かけ: 「このニュース記事では、『〇〇が必要だ』って言っているね。でも、別の記事では『△△の方が大事だ』って書いてある。この二つの意見は、何が違うんだろう? そして、共通していることは何かな?」
- 意図: 複数の情報源から得られる異なる意見や視点を並列に捉え、それぞれの主張の背景や論点を比較し、関連付けることを促します。情報リテラシーや批判的思考の基礎を養います。
- 子供の反応例と考えうる対応:
- 「こっちはお金がかかるって心配してるけど、あっちは早くしないと大変だって言ってる。」
- 対応: 「よく気づいたね。お金がかかるっていうのは、どんな大変さにつながるんだろう? 早くしないと大変っていうのは、具体的に何が心配なのかな? それぞれの意見は、どんな人たちのことを考えているんだろうね。」のように、意見の背後にある価値観や影響について考えを広げさせます。
例4:抽象的な概念と具体的な事物・出来事を関連付ける声かけ
- 声かけ: 「道徳の時間に『勇気』について考えたね。日常生活の中で、『これは勇気を出したことだな』と感じた場面はあったかな? それはどんな時だった?」
- 意図: 抽象的な概念(勇気、友情、公正など)を、自分自身の具体的な経験や身の回りの出来事と関連付け、概念の理解を深めます。概念が実際の行動や状況とどう結びつくかを考えさせます。
- 子供の反応例と考えうる対応:
- 「休み時間に、転んで泣いている子に声をかけたことかな。」
- 対応: 「なるほど。その時、あなたはどんな気持ちだった? 声をかけるのに、どんな気持ちになった? それはなぜ勇気だったと思う?」のように、具体的な状況と感情、そして概念の定義を結びつける対話を促します。
実践のポイント
複数の情報を関連付けて考える力を育む声かけを実践する上では、以下の点が重要です。
- 子供の興味・関心を起点とする: 子供が既に興味を持っていることや、経験した出来事から関連付けを始めることで、主体的な思考を促しやすくなります。
- 開かれた問いかけを多用する: Yes/Noで答えられる質問ではなく、「〜と〜は、どうつながっていると思う?」「この二つの違いは何かな?」「これに似ていること、何かあったかな?」といった、多様な答えを引き出す問いかけを心がけます。
- 子供の言葉に耳を傾け、思考プロセスを共有する: 子供がどのように情報を関連付けているか、その思考の過程を聞き取り、必要に応じて言葉にすることを支援します。すぐに正解に導くのではなく、考えるプロセスそのものを大切にします。
- 多様な情報源に触れる機会を提供する: 本、映像、体験、人との対話など、様々な形での情報提供は、関連付けの「材料」を増やすことにつながります。
- 関連付けの「成功」を肯定的にフィードバックする: 子供が複数の情報をうまく結びつけられたときには、その思考の過程や発見を具体的に褒めたり認めたりすることで、関連付けそのものへの意欲を高めます。たとえ関連付けがうまくいかなくても、「そう考えたんだね。面白い見方だね」のように、思考の試みを尊重する姿勢が重要です。
まとめ
複数の情報を関連付けて考える力は、単なる知識の習得に留まらず、現代社会を生きる上で不可欠な思考力です。日々の教育活動や家庭での対話の中で、意識的に子供が持っている様々な情報や経験を結びつけることを促す声かけを行うことで、子供の認知構造は豊かになり、より深く、より柔軟に考える力が育まれます。ここで紹介した声かけ例や実践のポイントが、教育現場での子供たちの思考力育成の一助となれば幸いです。