子供が情報を選び取る力を育む声かけ:批判的思考(クリティカルシンキング)へのアプローチ
現代社会は情報で溢れており、子供たちは幼い頃から様々な情報に触れる機会が多くあります。そうした中で、与えられた情報を鵜呑みにせず、主体的に吟味し、判断する力、すなわち批判的思考(クリティカルシンキング)を育むことは、子供たちが自律的に学び、社会を生き抜く上で非常に重要です。この批判的思考は、特別な授業だけでなく、日々のさりげない会話の中でも意識的に働きかけることで養うことができます。
この記事では、子供の批判的思考を育むための声かけに焦点を当て、その理論的な背景と具体的な実践例をご紹介します。
批判的思考(クリティカルシンキング)とは何か?
批判的思考とは、ある事柄や情報について、疑問を持ち、根拠を検証し、論理的に評価・判断する思考プロセスのことです。「批判」という言葉にはネガティブな響きがありますが、ここで言う批判的思考は、物事の良い点も悪い点も含め、多角的に、そして客観的に評価する建設的な思考を指します。
この思考力は、以下のような要素から成り立っています。
- 疑問を持つ力: 当たり前だと思っていることにも「本当にそうかな?」「どうしてだろう?」と問いを立てる。
- 根拠を求める力: 主張や情報の背景にある理由や証拠を探す。
- 情報を分析・評価する力: 情報の信頼性、正確性、公平性などを検討する。
- 複数の視点を考慮する力: 自分や相手だけでなく、様々な立場からの見方を受け入れる。
- 論理的に判断する力: 情報を整理し、筋道立てて考え、妥当な結論を導き出す。
批判的思考を育む理論的背景
子供の批判的思考は、認知発達の段階に応じて徐々に育まれます。スイスの心理学者ジャン・ピアジェは、子供の認知発達をいくつかの段階に分けました。具体的操作期(おおよそ7歳〜11歳頃)に入ると、子供は具体的な物事について論理的に考えられるようになり、形式的操作期(おおよそ11歳頃〜)になると、抽象的な概念や仮説についても論理的な思考ができるようになります。
批判的思考は、これらの論理的な思考力や、情報を処理し、自分の知識と結びつける情報処理能力の発達と密接に関わっています。また、自分の考え方や学び方を客観的に捉えるメタ認知能力も、批判的思考の基盤となります。自分の思考に偏りがないか、論理が飛躍していないかなどを自分でチェックする力が、批判的に考える上で役立ちます。
日々の声かけを通じて、子供が様々な情報に触れ、自分で考え、表現する機会を意図的に作ることで、これらの認知的な基盤と批判的な姿勢を自然に養うことができます。
日々の会話で批判的思考を育む具体的な声かけ例
子供との何気ない会話の中に、批判的思考を刺激する要素を盛り込むことができます。以下に具体的な声かけの例と、それぞれの意図を解説します。
1. 根拠を問う声かけ:「なぜそう思うの?」
子供が何か意見や感想を言ったときに、その背景にある理由や根拠を尋ねる声かけです。
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声かけ例:
- 「〇〇くん(さん)が、それは面白くないって言ってたね。どうしてそう思うのか、理由を聞いてみようか。」(第三者の意見に対して)
- 「どうしてその色を選んだの?何か理由があるのかな?」
- 「この遊び、楽しいね!特にどこが楽しいと思った?」
- 「テレビでこんなことを言っていたけど、それはどういう理由からだろうね?」
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意図: 子供が自分の考えに根拠があるか、根拠を探す必要があるかを意識するきっかけを与えます。感情や直感だけでなく、論理的な理由付けをする習慣を促します。
2. 疑問や別の可能性を促す声かけ:「本当かな?」「他に考えられることは?」
提示された情報や一つの意見に対して、そのまま受け入れるのではなく、立ち止まって考えることを促す声かけです。
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声かけ例:
- 「A君が『一番速く走れるのは僕だ』って言ってたね。それは本当かな?どうやったら確かめられるかな?」
- 「この広告に『これを使えばすぐに頭が良くなる』って書いてあるね。本当にそうなるのかな?どうしてそう言えるんだろう?」
- 「もし、別のやり方をするとしたら、どんなことができるかな?」
- 「それ以外に、何か別の見方や考え方はないかな?」
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意図: 情報の信頼性を疑う視点、複数の視点から物事を見る柔軟性を養います。安易に結論に飛びつかず、立ち止まって考える習慣を育みます。
3. 比較検討を促す声かけ:「どう違うのかな?」「似ているところは?」
複数の情報や意見、物事について、共通点や相違点を見つけ、比較して考えることを促す声かけです。
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声かけ例:
- 「この二つのニュース、同じ出来事について伝えているけど、どこか違うところはあるかな?」「似ているところは?」
- 「登場人物Aと登場人物Bの気持ち、どう違うかな?どうしてそう思った?」
- 「二つの意見があるね。それぞれの良いところと、ちょっと難しいところを比べてみようか。」
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意図: 情報を構造的に捉え、要素ごとに分解・比較する力を養います。客観的な視点から情報を評価する基礎を築きます。
4. 仮説・予測を促す声かけ:「もし〇〇だったら、どうなると思う?」
もし状況が変わったらどうなるか、次に何が起こりうるかなど、仮説を立てて考えることを促す声かけです。
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声かけ例:
- 「もし、この実験で使うものを別のものに変えたら、結果はどうなると思う?」
- 「この物語の主人公が、もし別の選択をしていたら、話はどう進んだと思う?」
- 「もし、この問題を解決するために、〇〇というルールを作ったら、どんな良いことと難しいことが起こりそう?」
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意図: 論理的な推論力や因果関係を考える力を養います。思考実験を通じて、様々な可能性を検討する練習になります。
実践のポイントと注意点
これらの声かけを効果的に行うためには、いくつか重要なポイントがあります。
- 安全な対話の場を作る: 子供が何を言っても否定されない、安心して考えを表現できる雰囲気を作ることが最も大切です。間違いを恐れず、自由に発言できる環境を整えましょう。
- 子供の言葉に耳を傾ける: 子供の反応を注意深く聞き、その考えを受け止め、次の声かけに繋げます。結論を急がせず、子供自身のペースで考えられるように待ちます。
- 発達段階に合わせた声かけ: まだ抽象的な思考が難しい場合は、身近な具体物や経験に基づいた問いかけから始めます。徐々に複雑な思考を要する問いに移行していきます。
- 教師自身がモデルとなる: 教師自身が「これはどういう意味だろう?」「他にも理由があるかもしれないね」といった批判的に考える姿勢を示すことで、子供はそれを学びます。
- 問い詰めるのではなく、共に考える姿勢: 子供の考えの不十分な点を指摘するのではなく、「一緒に考えてみようか」「他にどんなことが考えられるかな?」といったように、探究をサポートするパートナーとしての姿勢で関わります。
まとめ
子供の批判的思考を育むことは、情報の真偽を見抜く力、多角的な視点を持つ力、そして論理的に判断する力といった、現代を生きる上で不可欠な能力の基盤となります。特別な教材やカリキュラムだけでなく、日々の子供との対話の中で、意識的に「なぜ?」「本当かな?」「他に?」「もし~なら?」といった声かけを取り入れることから始めることができます。
これらの声かけは、子供の思考を停止させる「~しなさい」「それは違う」といった指示や否定ではなく、子供自身が考えを深めるための「問い」や「きっかけ」を提供します。安全な環境の中で、子供たちが自由に考え、表現し、失敗を恐れずに試行錯誤できるようサポートすることで、彼らの中に眠る批判的思考の芽を育てていくことができるでしょう。子供たちの「考える力」を育むための、日々の声かけの積み重ねを大切にしていきましょう。