失敗を学びの機会に変える声かけ:子供の成長思考を育む理論と実践
失敗への向き合い方が子供の成長を左右する
教育の現場において、子供たちが困難に直面したり、失敗を経験したりすることは避けることができません。むしろ、そのような経験こそが子供たちの学びや成長にとって不可欠な機会となり得ます。しかし、失敗をどのように捉え、それに対してどのように言葉をかけるかによって、子供たちのその後の学びに対する姿勢や意欲は大きく変化します。
失敗を恐れて挑戦を避けるようになるのか、それとも失敗から学びを得て、次へと繋げる力に変えられるのか。この違いを生む要因の一つに、「ものの見方」や「考え方」があります。本記事では、特に教育心理学で重要視されている「成長思考(Growth Mindset)」の概念に焦点を当て、日々の声かけを通じて子供たちの成長思考を育み、失敗を学びの機会に変えるための具体的なアプローチについて考察します。
固定思考と成長思考:理論的背景
教育心理学者のキャロル・S・ドゥエックは、人々の能力や知性に関する基本的な信念を「固定思考(Fixed Mindset)」と「成長思考(Growth Mindset)」に分類しました。
- 固定思考 (Fixed Mindset): 自分の知性や能力は生まれつき決まっており、変わることはないという信念。失敗を自分の能力の限界を示すものと捉え、挑戦や努力を避ける傾向があります。
- 成長思考 (Growth Mindset): 自分の知性や能力は努力や学習、経験によって伸ばすことができるという信念。失敗を成長のためのステップと捉え、困難に立ち向かい、粘り強く取り組むことができます。
ドゥエックの研究によれば、子供たちがどちらの思考を持つかは、周囲からのフィードバック、特に失敗に対する声かけによって大きく影響されることが示されています。能力そのものを褒める(「君は賢いね」)ことは固定思考を促しやすく、努力やプロセス、戦略を褒める(「よく頑張ったね」「そのやり方、工夫しているね」)ことは成長思考を促しやすいとされています。
成長思考を持つ子供は、困難な課題に対して意欲的に取り組み、失敗から学びを得ようとします。これは、脳科学における「可塑性」の考え方とも関連します。適切な刺激や経験によって、脳の神経回路は変化し、新たな学習や能力の獲得が可能であることが示されています。成長思考は、この脳の性質を信じる姿勢と言えます。
成長思考を育む声かけの原則
成長思考を育むためには、結果や生まれ持った能力に焦点を当てるのではなく、努力、プロセス、そして失敗からの学びに光を当てる声かけが重要です。具体的な原則をいくつか挙げます。
- 結果ではなく、プロセスや努力を評価する: 目標達成の可否にかかわらず、その過程での粘り強さ、試行錯誤、努力そのものを認め、言葉にします。
- 失敗を否定せず、学びの機会として捉える: 失敗したこと自体を責めるのではなく、「ここから何を学べるかな?」「どうすれば次はうまくいくかな?」といった問いかけを通じて、分析と改善の視点を促します。
- 挑戦すること自体を価値づける: 結果に関わらず、新しいことや難しいことに挑戦した勇気や意欲を称賛します。「やってみようと思ったことが素晴らしいね」「難しい問題に立ち向かったね」といった言葉は、挑戦への肯定的な意識を育みます。
- 具体的な戦略や工夫に焦点を当てる: 「どういう風に考えたの?」「どんな方法を試したの?」と問いかけ、子供自身が自分の思考プロセスやアプローチを振り返ることを促します。これはメタ認知能力の育成にも繋がります。
- 教師自身の失敗への向き合い方を示す: 教師自身が失敗を恐れず、そこから学びを得る姿勢を子供たちに見せることも、強力なメッセージとなります。
具体的な声かけ例と実践
子供が様々な状況で失敗や困難に直面した際に、成長思考を育む具体的な声かけとその後の対応例を以下に示します。
ケース1:算数の問題で何度も間違えてしまった子供
- 避けるべき声かけ: 「どうしてこんな簡単な問題もできないの?」「ちゃんと考えているの?」
- 成長思考を育む声かけ:
- 「難しい問題に最後まで粘り強く取り組んだね。素晴らしい努力だよ。」(努力の評価)
- 「どこでつまずいたか、一緒に考えてみようか?」「この問題、どういう手順で解こうとした?」 (プロセス、戦略への問いかけ)
- 「間違えるのは、できるようになるための一歩だよ。この間違いから、次に気をつけることが見つかるはず。」(失敗の捉え直し)
- その後の対応: 間違いの原因を子供と一緒に分析する。別の解法やアプローチを提案する。似た問題をもう一度解く機会を作る。
ケース2:クラスでの発表で、途中で言葉に詰まってしまった子供
- 避けるべき声かけ: 「ちゃんと準備してこなかったの?」「もっとハキハキ話しなさい。」
- 成長思考を育む声かけ:
- 「大勢の前で発表するのは勇気がいることなのに、挑戦してくれてありがとう。とても立派だったよ。」(挑戦の価値づけ)
- 「次に発表する時は、どんなことに気をつけると、もっと話しやすくなるかな?」「どこを特に練習しておくと安心できるかな?」 (改善策の検討、内省の促進)
- 「詰まってしまっても大丈夫。大切なのは、伝えようとした気持ちだよ。」(失敗への受容)
- その後の対応: 発表の準備段階での工夫点や難しかった点を振り返る機会を作る。少人数での発表練習や、話す構成を事前にまとめる練習など、具体的なサポートを提案する。
ケース3:運動会の練習で、逆上がりがどうしてもできない子供
- 避けるべき声かけ: 「運動神経がないね。」「君には無理だよ。」
- 成長思考を育む声かけ:
- 「逆上がりができるようになりたいと思って、一生懸命練習しているね。その頑張り、先生は知っているよ。」(努力の評価)
- 「どうすればできるようになるかな?」「どんな練習方法を試してみた?」 (解決策、戦略への問いかけ)
- 「できるようになるまでには時間がかかるものだよ。毎日少しずつ練習を続けたら、きっとできるようになる日が来る。」(継続の奨励、未来への展望)
- その後の対応: 逆上がりの段階的な練習方法を一緒に確認する。少しでもできた部分(例えば、ぶら下がる、足を上げるなど)を具体的に褒める。練習計画を一緒に立てる。
これらの例からもわかるように、大切なのは失敗そのものを否定するのではなく、そこから何を学び、どう次に繋げるかという視点を子供に持たせることです。子供の内省を促し、具体的な行動や工夫に目を向けさせる問いかけが有効です。
教育現場での応用と多様な子供たちへの配慮
成長思考を育む声かけは、個別の指導場面だけでなく、クラス全体の文化としても醸成していくことが望ましいです。
- クラスでの共有: 失敗談や困難を乗り越えた経験をクラスで共有する機会を作る。
- 掲示物の工夫: 「努力」「挑戦」「学び」といった言葉や、それらを体現する偉人のエピソードなどを掲示する。
- 評価方法: テストの点数だけでなく、学習への取り組み姿勢やノートの工夫なども評価の対象とすることで、プロセスを重視する姿勢を示す。
ただし、子供たちの背景は多様です。成功体験が極端に少ない子供、家庭環境などの影響で自己肯定感が低い子供、特性によって失敗からの立ち直りが難しい子供など、一人ひとりの状況に合わせたきめ細やかな配慮が必要です。
そのような場合には、小さな成功体験を積み重ねられるような課題設定や、より具体的な行動へのサポートが求められます。「できたこと」に焦点を当て、その努力の過程を具体的に言葉にして伝えることが、自信と次の挑戦への意欲に繋がります。保護者に対して、家庭での声かけのヒントとして成長思考の考え方を共有することも、子供の一貫した成長をサポートする上で有効でしょう。
まとめ
日々の会話における声かけは、子供たちの思考の質だけでなく、自己肯定感や挑戦する力といった非認知能力の育成にも深く関わっています。特に、失敗をどのように捉え、どのように言葉をかけるかは、子供が成長思考を持つか固定思考を持つかに大きな影響を与えます。
結果や能力だけを評価するのではなく、努力、プロセス、そして失敗からの学びを価値づける声かけを意識することで、子供たちは困難を恐れずに立ち向かい、そこから学びを得てさらに成長していく力を身につけていくでしょう。教育現場での多様な場面で、これらの声かけを実践することが、子供たちが変化の激しい時代を生き抜くための「考える力」を育む土台となります。