目標達成への道をひらく計画力を育む声かけ:理論と実践
はじめに:子供の計画力を育むことの意義
子供たちが自ら目標を設定し、それに向かって計画を立て、実行し、振り返る力は、学習活動のみならず、将来社会で生きていく上で不可欠な能力です。この「計画力」は、生まれ持った特性だけでなく、日々の経験や周囲からの働きかけによって大きく育まれます。特に、大人からの適切な「声かけ」は、子供が自身の思考プロセスを意識し、計画的に物事を進める習慣を身につける上で非常に効果的です。
本記事では、子供の計画力を育むための具体的な声かけ術を、認知発達や心理学に基づいた理論的背景とともに解説します。教育現場での実践に役立つ具体的なアプローチを提供することを目指します。
計画力育成の理論的背景
子供の計画力は、認知発達や脳機能の発達と密接に関連しています。
認知発達と計画立案
ジャン・ピアジェの認知発達論によれば、子供は感覚運動期から前操作期、具体的操作期を経て、形式的操作期へと思考を発達させます。具体的操作期(小学校中学年頃)になると、具体的なものに基づいた論理的思考が可能になりますが、抽象的な思考や長期的な計画立案はまだ難しい場合があります。形式的操作期(小学校高学年から)に近づくにつれて、仮説演繹的思考が可能になり、複数の可能性を考慮したり、長期的な視点で物事を捉えたりする力が育ち始めます。
計画立案は、目標設定、現在の状況分析、複数の選択肢の検討、最適な手順の選択、結果の予測といった一連の抽象的・論理的な思考プロセスを含みます。声かけによって、子供がこれらの思考ステップを意識的に踏めるよう支援することが、計画力の発達を促します。
実行機能と計画力
計画力は、脳の前頭前野が担う「実行機能」の重要な要素の一つです。実行機能には、目標設定、計画立案、実行、そして結果に基づく評価や修正といった一連の認知プロセスが含まれます。また、実行機能は、注意のコントロール、衝動の抑制、ワーキングメモリ(一時的な情報保持・操作)、認知の柔軟性といった能力とも連携しています。
計画を立てる際には、目標に関連する情報をワーキングメモリで保持し、誘惑に負けずに計画通りに進めるために衝動を抑制し、予期せぬ事態に対応するために認知を柔軟に切り替える必要があります。声かけを通じてこれらの実行機能の発達をサポートすることが、計画力全体の向上に繋がります。
メタ認知と自己調整学習
計画力は、自分の認知プロセスそのものを認識し、コントロールする能力である「メタ認知」とも深く関連します。メタ認知は、「自分は何を知っているか(宣言的知識)」「どのようにやればよいか(手続き的知識)」「いつ、なぜ、どのようにそれを使うか(条件知識)」といった知識と、計画、モニター(監視)、評価といった活動を含みます。
子供が「どうやってこの課題を終わらせようかな?」「このやり方で大丈夫かな?」「うまくいかなかったのはなぜだろう?」と自分自身に問いかけ、思考や行動を調整できるようになることは、計画力を高める上で不可欠です。声かけは、子供が自身の思考や行動を客観視し、調整するメタ認知スキルを磨く手助けとなります。
計画力を育む具体的な声かけ術
これらの理論的背景を踏まえ、計画力の各ステップを支援する具体的な声かけを紹介します。
ステップ1:目標設定の支援
目標が不明確では、計画を立てることはできません。子供自身が達成したいこと、できるようになりたいことを明確にするプロセスを支援します。
- 声かけ例:
- 「これから、どんなことができるようになりたいかな?」
- 「この学習を通して、何を知りたい、何ができるようになりたい?」
- 「発表会で、どんな姿を目指す?」
- 「(単元や活動の始めに)この時間で、どこまで進められるかな?」
子供の興味や意欲を引き出しながら、目標を具体的にする手伝いをします。「〜しなければならない」という指示ではなく、子供の内側から生まれる目標を引き出す問いかけが重要です。
ステップ2:計画立案の支援
目標が定まったら、そこへたどり着くための道筋を一緒に考えます。最初から完璧な計画は求めず、まずは大まかなステップを考える練習から始めます。
- 声かけ例:
- 「その目標を達成するために、まず最初は何をしたら良いと思う?」
- 「次にすることは何かな?」
- 「他にどんな方法がありそう?」
- 「そのために必要なものは何だろう?」
- 「どのくらいの時間がかかりそうかな?」
- 「もし途中で困ったら、どうすれば良いか考えてみよう。」
- 「一人でやる?誰かにお願いする?」
目標を小さなステップに分解する視点や、複数の方法を検討する視点などを、声かけで提示します。子供が思いつかない場合は、「例えば、こんなのはどうかな?」とヒントを示すことも有効です。
ステップ3:実行中の支援と調整
計画通りに進めることの難しさや、予期せぬ問題に直面することはよくあります。計画に固執させるのではなく、状況に応じて柔軟に調整できる力を育みます。
- 声かけ例:
- 「計画通りに進んでいるかな?何か難しいことはある?」
- 「(計画と違う方向に行っている時に)今のやり方は、最初に立てた計画と少し違うみたいだけど、何か理由があるのかな?」
- 「もしこのままだと難しそうなら、計画を少し変えてみても良いかもしれないね。どうしたら良いと思う?」
- 「困っているみたいだね。一緒に考えてみようか?」
実行プロセスを「監視」するのではなく、子供が自身の進捗や感情に気づき、必要に応じて自分で調整できるよう促す声かけが重要です。
ステップ4:振り返りと評価
目標達成後(または一定期間後)に、計画通りに進んだか、結果はどうだったか、改善点はどこかなどを振り返ることは、次の計画に活かす上で非常に重要です。
- 声かけ例:
- 「今回の目標は達成できたかな?どこまでできた?」
- 「計画通りに進んだかな?うまくいったことは何?」
- 「難しかったことは何かな?それはなぜだと思う?」
- 「もしもう一度やるとしたら、次に気をつけたいことはある?」
- 「今回の経験から、何か新しく気づいたことはあった?」
結果の良し悪しだけでなく、計画を立てたプロセス、実行中に頑張ったこと、工夫したことなどに焦点を当てて承認する声かけを心がけます。失敗から学ぶ視点を育みます。
実践上のポイント
これらの声かけを教育現場で実践する際のポイントを挙げます。
- 子供の主体性を尊重する: 大人が完璧な計画を押し付けるのではなく、あくまで子供自身が考え、選択し、決定するプロセスを支援する姿勢が大切です。
- 最初は簡単な計画から: 慣れないうちは、今日の宿題の進め方、休み時間の使い方など、短期的で具体的な計画から始めるのが良いでしょう。
- 視覚的なツールの活用: 付箋、チェックリスト、カレンダー、イラストなど、視覚的に計画を立てたり、進捗を確認したりできるツールを活用する声かけは、特に低学年の子供に有効です。
- 失敗を学びの機会と捉える: 計画通りにいかなかった時こそ、振り返りを通じて学びを深める絶好の機会です。「失敗したからダメ」ではなく、「次はどうすればうまくいくかな?」という建設的な視点を持つ声かけを行います。
- ポジティブな承認: 計画を立てたこと、実行しようとしたこと、振り返ったことなど、プロセスの努力や工夫を具体的に承認します。「自分で考えて計画を立ててすごいね」「難しい中でも工夫して進めようとしたんだね」といった声かけは、子供の自己肯定感を高め、次の挑戦への意欲に繋がります。
保護者へのアドバイスとしての声かけ
家庭でも、子供の計画力を育む声かけを実践することができます。例えば、週末の予定を立てる、自分で持ち物の準備をする、長期休み中の課題を進める際などに、今回紹介したような声かけを応用できます。学校での様子や、子供が計画的に取り組んでいることなどを保護者に伝え、家庭との連携を図ることも、子供の成長を多角的に支援する上で有効です。
まとめ
子供の計画力は、認知機能や実行機能の発達と共に育まれる重要な能力です。目標設定、計画立案、実行、振り返りの各ステップで適切な声かけを行うことは、子供が主体的に考え、見通しを持って行動する力を育む上で非常に効果的です。
具体的な声かけ例や理論的背景を理解することで、教育現場や家庭での日々の会話の中で、子供たちの「自分で考え、成し遂げる力」を優しく、そして確かに引き出すことができるでしょう。今日から、子供たちとの対話の中で、計画力を育む声かけを意識的に取り入れてみてはいかがでしょうか。