子供がやるべきことの順序を考える力を育む声かけ:段取り力と実行機能を高める理論と実践
日々の教育活動において、子供たちが主体的に学びや生活に取り組むためには、物事を順序立てて考え、計画的に行動する力、いわゆる「段取り力」が不可欠です。この力は、学業の成績向上のみならず、自己管理能力や問題解決能力の基盤となります。しかし、多くの子供たちが、特に複雑なタスクや複数のやるべきことが同時に存在する状況において、どのように手をつければ良いか、どのような順番で進めれば効率的かといった点に難しさを感じることがあります。
この段取り力を育むことは、単に「こうしなさい」と指示するだけでなく、子供自身が考え、試行錯誤するプロセスを支える声かけが鍵となります。本稿では、子供がやるべきことの順序を考える力を育むための声かけについて、その理論的背景と具体的な実践方法を詳述いたします。
順序立てて考える力とは:実行機能との関連
順序立てて考える力は、認知科学の分野では「実行機能」と呼ばれる高次認知機能の一部と関連が深いとされています。実行機能は、目標を設定し、それを達成するために必要な行動を計画し、実行し、評価・修正する一連の認知プロセスを司る機能群です。これには、情報の保持・操作を行うワーキングメモリ、不適切な行動を抑制する抑制制御、状況に応じて思考や行動を柔軟に切り替える認知柔軟性などが含まれます。
子供が「今日の宿題は何があるかな?」「どれからやろう?」「どういう順番でやれば早く終わるかな?」と考えるとき、これはワーキングメモリで複数のタスク情報を保持し、過去の経験やタスクの特性(例:時間がかかるもの、先に終わらせた方が良いもの)に基づいて優先順位をつけ、手順を頭の中で組み立てるという、まさに実行機能が働いている状態です。
この実行機能は、前頭前野を中心に発達し、特に学童期にかけて大きく成長します。しかし、その発達の速度や度合いには個人差があり、また、注意欠陥・多動性障害(ADHD)など、特定の神経発達特性を持つ子供たちにおいては、実行機能の発達に遅れや偏りが見られることがあります。そのため、全ての子に対して一律のアプローチではなく、個々の発達段階や特性に配慮した支援としての声かけが重要となります。
順序立てて考える力を育む声かけの基本
子供に順序立てて考える力を育むためには、結論や手順を一方的に与えるのではなく、子供自身に考えさせるような問いかけを基本とします。これにより、子供は受け身ではなく、能動的に思考プロセスに関わることができます。
基本的な考え方は以下の通りです。
- タスクの全体像を把握させる問いかけ: 「今日、やらなきゃいけないことは何かな?」のように、まずはやるべきことを全てリストアップするように促します。
- タスクの特性を考えさせる問いかけ: 「それぞれどれくらいの時間がかかりそうかな?」「何か準備が必要なものはある?」のように、個々のタスクについて具体的に考えさせます。
- 順序を考えさせる問いかけ: 「どれから始めようか?」「どういう順番でやると、やりやすいかな?」「もし、これを先にやったらどうなるかな?」のように、様々な可能性やメリット・デメリットを考えながら、自分なりの順序を決めさせます。
- 実行と振り返りを促す声かけ: 決めた順序で実行させた後、「やってみてどうだった?」「思った通りに進んだ?」「もし次やるとしたら、どんな順番にする?」のように、結果を振り返り、改善点を見つける機会を与えます。
具体的な声かけ例
例1:宿題や学習タスクに取り組む際
子供が宿題の山を前にして固まっている、または手当たり次第に取り組もうとしている状況を想定します。
- 「今日の宿題は、何があるかな?教科書とノートを出して、確認してみようか。」(全体像の把握)
- 「国語と算数と、あと明日の準備もあるね。うん、たくさんあるね。」(タスクの確認と共感)
- 「まず、どれからやるといいかな?『これだけは今日中に終わらせたい』っていうのはある?」または「時間がかかりそうなのはどれかな?」「すぐに終わりそうなのは?」のように、タスクの特性に基づいて考えを促す。(順序決定に向けた思考)
- 「なるほど、まず漢字ドリルをやって、次に算数の問題集、最後に明日の時間割を揃える、という順番でやってみるんだね。よし、その順番でやってみよう。」(子供が考えた順序の承認と実行への後押し)
- (終わった後)「今日の宿題、自分で決めた順番でできたね。やってみてどうだった?この順番で良かった?」「もし、次やるときは、違う順番の方がいいかな?」のように、プロセス自体を振り返らせる。(振り返り)
例2:係活動や簡単なプロジェクト活動に取り組む際
グループで何か一つの目標に向かって作業する場合を想定します。
- 「〇〇を完成させるために、みんなでどんなことをしなければならないかな?思いつくことを全部言ってみよう。」(全体像の把握・ブレインストーミング)
- 「絵を描く人、材料を集める人、文字を書く人...色々な仕事があるね。これらの仕事を、どういう順番でやると、一番スムーズに進むかな?」(タスクのリストアップと順序付けの視点提示)
- 「まずは材料がないと始まらないから、材料集めを一番最初にやろう、という意見が出たね。他にはどうかな?」(多様な意見の尊重と順序決定へのプロセス)
- 「じゃあ、材料を集めて、次に絵を描いて、文字を書いて、最後に飾り付け、という順番でやってみようか。それぞれ、誰が何をするか分担も考えよう。」(計画の具体化)
- (活動中または終了後)「今、どの段階かな?予定通りに進んでいる?」「もし、予定と違うところがあったら、どうしたらいいかな?」「この順番でやってみて、良かった点や難しかった点は何かな?」(進行管理と振り返り)
声かけを行う上での実践的なポイント
- 具体的に問いかける: 抽象的な質問ではなく、「何を」「いつまでに」「どのように」といった具体的な視点を含む質問を投げかけます。
- 複数の選択肢を提示する: 子供が考えに詰まっている場合は、「AとB、どっちからやるとやりやすいかな?」「まず〇〇をやってみる?それとも△△から?」のように、選択肢を示しながら思考を促します。ただし、大人が決めた選択肢に誘導しすぎないよう注意が必要です。
- 「なぜ?」を問いかける: 子供が自分で順序を決めたら、「どうしてその順番にしたの?」と理由を尋ねることで、その思考プロセスを意識化させ、論理的な根拠を持って考える力を養います。
- 完璧を求めすぎない: 最初から完璧な段取りができる子供はいません。たとえ非効率に見える順番でも、まずは子供自身が考えたプロセスを尊重し、実行を促します。
- 失敗を学びの機会とする: 計画通りに進まなかったり、うまくいかなかったりした場合も、「どうしてこうなったのかな?」「次に同じことをするときは、どんな順番にすると良さそう?」のように、責めるのではなく、次に活かすための振り返りをサポートします。
- 褒めるポイントを明確にする: できた結果だけでなく、「自分で順番を考えたこと」「考えた通りに進めようとしたこと」「うまくいかなくても諦めずに工夫したこと」など、思考や努力のプロセスに焦点を当てて具体的に褒めることで、子供の自己肯定感と挑戦意欲を高めます。
- 個々の発達段階や特性に配慮する: 実行機能の発達には個人差があります。特に、実行機能に困難がある子供に対しては、タスクを細分化して示す、視覚的なリストやタイマーを活用する、声かけの頻度を調整するといった、よりきめ細やかな配慮とサポートが必要となります。
課題解決への貢献
このような声かけを通じた段取り力育成は、多様な背景を持つ子供たちへの対応においても有効です。計画的な学習習慣が身についていない子供には、スモールステップでの声かけを繰り返すことで、徐々に自分で考える習慣を根付かせることができます。また、実行機能に課題のある子供に対しては、具体的な声かけと環境調整を組み合わせることで、タスクへの取り組みやすさを高めることができます。
子供が自分で考え、計画し、実行する経験は、自己肯定感を高め、学習への主体性を引き出します。さらに、保護者への面談等で、家庭でも実践できる声かけの例として紹介することで、学校と家庭が連携した子供の思考力育成に繋げることも可能です。
まとめ
子供がやるべきことの順序を考え、段取りを組む力は、実行機能と密接に関連し、学童期に発達が著しい重要な思考力です。この力を育むためには、一方的な指示ではなく、子供自身にタスクの全体像把握、特性の検討、順序の決定、そして実行と振り返りを促すような、意図的な声かけが効果的です。
具体的な声かけを通じて、子供はタスクを構造的に捉え、効率的な進め方を考え、計画に基づいて行動する経験を積みます。これは、学習だけでなく日常生活における自律性を育む上でも重要なステップとなります。子供たちの発達段階や個々の特性に配慮しつつ、日々の対話の中で繰り返し実践することで、子供たちの段取り力と、それを支える実行機能の向上に貢献できるでしょう。